【column】200年住宅がもたらす成熟社会にふさわしい「ゆとり」
Byハウジングトリビューン(創樹社)/2007.12
戦後、住宅を取得するという行為は、わが国の経済成長を示す重要な目標になっていった。しかし、誤解を恐れずに言えば、住宅を取得するという行為が、必ずしも我々に「ゆとり」をもたらさなかったのも事実だ。
30年という長期のローンを抱え、通勤ラッシュに耐えながら会社へと出勤し、土日さえも仕事に追われる。「家族のため・・・」と唇を噛みしめながら仕事に熱中し、ある日、家庭を振り返る。そこには住宅という箱だけが残り、家族や生活という箱に収めるべきものが見当たらない―。
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これは極端な例ではあるが、住宅取得と「ゆとり」が必ずしも結びつかないという現実は、多くの人が経験したことではないだろうか。
ところが、欧米諸国では、GDPという記号化された経済指標のうえではわが国よりも劣る諸国において、「ゆとり」ある生活が実践されているケースが少なくない。祖父が家を建て、父がクルーザーを買う。そして、子供は別荘を買う・・・。つまり、それぞれの代において確実に富が蓄積されていき、代を重ねるごとに豊かになっていくというわけだ。こうした社会では、フローとしての経済的な価値はそれほど増加しない。現在の経済システムのなかでは、「フローとしての経済価値=豊かさ」とされる場合が多い。そのため、ストックされていく富が隠れてしまいがちだ。しかし、本当の意味での豊かさを考えた場合、どちらが「豊かである」と言えるだろうか―。
自民党が「200年住宅ビジョン」を公表した。このビジョンでは、「いまだに欧米諸国と比較して『ゆとり』が少ない状況であり、成熟社会にふさわしい豊かさが実感できているとは言い難い」としたうえで、「『いいものをつくって、きちんと手入れして、長く大切に使う』ストック型社会への転換が急務である」としている。
「ストック社会の到来」という住宅マーケットの環境変化をよりマクロ的な視点で見ていくと、成熟社会の新しい「豊かさ」の定義を構築していくことへとつながる。つまり、住宅の超長期耐用性を確保するということは、住宅産業界だけでなく、これからの国民生活のあり方さえも大きく変える可能性があると考えた方がよいのではないか。
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